2011年3月23日
東京地方裁判所で言い渡された判決要旨です。匿名原告については氏名を消しています。
原告 4人(死亡した患者3人の家族)
被告 2人(国・アストラゼネカ(株))
【請求額合計】7700万円
【認容額合計】1760万円
(ア) イレッサの輸入承認当時の知見の下では,抗がん剤の抗腫瘍効果の延長として,延命効果が期待されると考えられており,特に,非小細胞肺がんについては,腫瘍縮小効果(奏効率)が生存期間の延長を予測し得ることがよく知られていたから,非小細胞肺がんの抗がん剤の有効性を,精度の高い第U相試験までの腫瘍縮小効果を中心として評価することができた。
(イ) イレッサは,セカンドライン以降(化学療法既治療例)の精度の高い第U相試験で,特に日本人層に対して,従来の抗がん剤と比較して高い腫瘍締小効果を示し,他の評価項目もこのような腫瘍縮小効果を支持するものであらた。また,イレッサは,他の抗がん剤と作用機序が異なり,がん細胞の薬剤耐性の影響を受けにくいという特長を有すると考えられた。そのため,イレッサは,セカンドライン以降において,有効性が認められた。
(ウ) イレッサについて実施された評価対象臨床試験(治験)の成績は,セカンドライン以降(化学療法既治療例)のものしか存在しなかったが,当時の医学的,薬学的知見の下では,セカンドライン以降に有効性を有する抗がん剤は,ファーストライン(化学療法未治療例)にも有効性を有することが予測されたことから,イレッサは,「手術不能又は再発非小細胞肺癌」について効能,効果を有す早と認められた。
(ア) イレッサは,治験において,副作用が概して軽く,主たる副作用は発疹,下痢等であったが,毒性の蓄積性は認められず可逆的であり,他の抗がん剤で必発であった血液毒性がなく,副作用の種類(プロファイル)が異なっていた。
(イ) イレッサの国内臨床試験において,重篤な副作用として間質性肺炎の発現が見られたが,他の新規抗がん剤と比べた場合,イレッサの国内臨床試験における間質性肺炎の発症頻度及び重篤性が特に高いものであるという根拠はなく,参考試験やEAP症例の副作用報告を考慮しても,イレッサにより,承認用量で,間質性肺炎が従来の抗がん剤と同程度の頻度や重篤度で発症し,致死的となる可能性があると認められるものではあったが,間質性肺炎の発症頻度や,早期に発症して予後が悪い等の発症候向を予見させるものとはいえなかった。
(ウ) したがって,イレッサは,承認当時,「手術不能又は再発非小細胞肺癌」について効能,効果を有すると認められ,その効能,効果に比して,著しく有害な作用を有することにより医薬品として使用価値がないとは認められず,有用性を肯定することができた。
イレッサは,承認当時の医学的,薬学的知見の下で,有用性を肯定することができたから,厚生労働大臣によるイレッサの承認は,国家賠償法1条1項の適用上,違法とはいえない。
ア 被告国は,イレッサによる間質性肺炎の副作用について,その承認前の時点において,他の抗がん剤と同程度の頻度や重篤度で発症し,致死的となる可能性のあるものであると認識・判断していた。
イ 厚生労働大臣は,医薬品を承認するに当たり,添付文書に当該医薬品の安全性確保のために必要な記載がされているか否かを審査し,これが欠けているときには,そのような記載をするよう指導するなどの行政指導を行う権限を行使する責務がある。厚生労働大臣が,添付文書に安全性確保のための必要な記載が欠けているにもかかわらず,上記権限を行使しなかったときは,他に安全性確保のための十分な措置が講じられたなどの特段の事情のない限り,その権限の不行使はその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものとして国家賠償法上違法となる。
ウ イレッサの添付文書の第1版には,「重大な副作用」に間質性肺炎が記載されていたが,薬剤性間質性肺炎の予後は,薬剤により異なり得るものであり,イレッサによる薬剤性開質性肺炎が致死的なものであることは,添付文書に記載がない限り,一般の医師等には容易には認識できなかった。イレッサは,従来の抗がん剤と異なる作用機序を有する分子標的薬であって,従来の抗がん剤にほぼ必発であった血液毒性等がなく,従来の抗がん剤に比べて副作用が軽いとのイメージが抱かれやすかった上,添付文書の第1版において,下痢,皮膚,肝機能の副作用の後に間質性肺炎が記載されていることにより,イレッサによる薬剤性間質性肺炎の重篤度が誤解される可能性もあった。添付文書第1版の記載では,イレッサを使用する医師等には,イレッサによる薬剤性間質性肺炎が従来の抗がん剤と同程度の頻度と重篤度で発症し,致死的となる可能性があることまで認識することは困難であった。
エ したがって,厚生労働大臣は,イレッサの輸入を承認するに当たり,被告会社に対し,イレッサの副作用として間質性肺炎が発症することを,添付文書の警告欄に記載するか,そうでなくても,他の副作用の記載よりも前の方に記載し,かつ,致死的となる可能性のあることを記載するよう行政指導をすべきであった。本件において,他に安全性確保のために十分な措置が講じられたなどの特段の事情も認められないから,厚生労働大臣が上記権限を行使しなかったことは,イレッサの投与を受ける患者との関係において,国家賠償法の適用上の違法がある。
オ 添付文書の第3版の記載は,イレッサの副作用として重篤な間質性肺炎が発症し,致死的なものとなる可能性のあることが十分に読み取れ,安全性確保のための情報提供として十分なものである。
ア イレッサは,現在の知見によれば,EGFR遺伝子に特定の変異のある患者に高い効能,効果を有するものと認められる。
イ イレッサの間質性肺炎は,従来の抗がん剤の3倍強の頻度で発症すること等が明らかになったものの,発症危険因子や予後国子が明らかにされ,これらを有する患者に対する投与が慎重に行われるようになった結果,副作用死亡の頻度は,少なくとも従来の抗がん剤と同程度になっており,その余の副作用で致命的となるものはほとんどないから,効能,効果に比して,著しい有害性を有するものとは認められず,設計上の欠陥を有するとはいえない。
イレッサの添付文書の第1版の記載では,イレッサを使用する医師等に対する間質性肺炎の副作用に係る安全性確保のための情報提供として不十分なものであったから,イレッサには指示・警告上の欠陥があり,製造物責任法2条2項にいう「通常有すべき安全性を欠いている」状態にあった。
添付文書の第3版の記載は,安全性確保のための情報提供として十分なものと認められるから,製造物責任法の欠陥はない。
近澤三津子と については,イレッサの副作用である間質性肺炎について,添付文書の第1版に致死的となる可能性のあることなどが記載されていれば,イレッサの服用を開始してこれを継続することはなく,イレッサによる間質性肺炎の発症ないし増悪により死亡することはなかったものと認められる。
被告国は,厚生労働大臣がイレッサ承認当時,被告会社に対し,添付文書に,イレッサの副作用である間質性肺炎が致死的となる可能性があることなどを記載するよう行政指導しなかったことにつき,原告近澤昭雄及び原告 に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。
被告会社は,イレッサが販売開始当時,添付文書に間質性肺炎が致死的となる可能性があることなどの記載がなかったことにより製造物の欠陥を有していたことにつき,原告近澤昭雄及び原告 に対し,製造物責任法3条本文に基づく損害賠償責任を負う。
近澤三津子の姉である原告里見博子は,固有の慰謝料請求権を取得しない。
については,イレッサの服用を開始した当時,既に添付文書にイレッサの副作用である間質性肺炎が致死的となり得るものであることが記載されており,被告らは損害賠償責任を負わない。
◆ 薬害イレッサ訴訟東京判決の骨子および要旨 | 薬害イレッサ弁護団
◆ 3月23日東京判決(第3分冊) | 薬害イレッサ弁護団 (国とアストラゼネカの責任について述べた部分)