東京地方裁判所民事24部 御中
大阪地方裁判所民事12部 御中
原告らは,判決を待たずして本件訴訟を解決するため,職権による和解勧告を求めます。
2002年7月5日,世界に先駆けて,申請からわずか5ヶ月という異例のスピードで承認された肺がん治療薬イレッサは,承認から半年で180人,2年半で557人もの間質性肺炎・急性肺障害等による副作用死を出し,2010年9月末現在の副作用死亡者は819人に上ります。
かつて,わが国において,これほどの副作用死亡被害を出した薬害事件はありません。
本件訴訟は,本年7月30日(西日本訴訟),同8月25日(東日本訴訟)に相次いで結審し,西日本訴訟においては2011年2月25日に判決期日が指定されました(東日本訴訟は追って指定)。2004年の提訴以来,6年におよぶ審理を通じて,被告アストラゼネカ社,被告国の責任は既に明白です。
国内外の臨床試験,治験外使用等において致死的な間質性肺炎の発症を示す情報が蓄積され,現に死亡者が出ていたにもかかわらず,安全性を軽視し,一方で承認前から「副作用の少ない抗がん剤」という宣伝広告を行い,他方で添付文書等における十分な警告などの安全性確保措置を怠ったアストラゼネカ社の責任はもとより,安全性確保措置を取らないまま漫然とイレッサを承認し,市販後の安全対策を怠った国の責任は重大です。
有効性の点においても,承認条件とされた第V相臨床試験(V1532)で延命効果の証明に失敗し,国内外で実施された多くの第V相臨床試験でも日本人について延命効果を証明できたものはありません。現在,米国では新規患者への投与が禁止され,EUでは,わが国に遅れること7年,昨年になってようやく承認されましたが,アストラゼネカ社が申請した適応は限定的であり,EGFR遺伝子変異のない患者への投与は認められていません。このことは,アストラゼネカ社自身が,わが国で承認を得た広い適応については,有効性が確認されていないことを自認していることを示すものと言えます。
本件訴訟の審理を通じて明らかになった責任に基づき,被告らが原告らに対し,謝罪,償いをすべきことは当然ですが,過去の多くの薬害訴訟と同様,本件訴訟の原告らは,賠償金の請求のみを目的として提訴したものではありません。
原告らの求める全面解決の内容は以下のとおりです。
過去の多くの薬害事件は,判決の有無にかかわらず,原告らと被告らとの間で全面解決のための確認書を締結しています。これは薬害事件を契機に,わが国の医薬品行政を進展させ,薬害再発防止を図るためには,判決では足りず,和解による全面的な解決を図る必要性があることを示しています。
原告らの求める上記事項もまた,まさに本件事件の教訓をがん患者の権利確立等に生かすためのものであり,過去の薬害事件と全く同様に,こうした全面解決のためには裁判所の指導力の下において上記事項を実現する必要があります。今後のわが国における医薬品行政の進展にとって,こうした解決を図る意義は計り知れないほど大きなものがあるのです。
折しも,本年4月,厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」は薬害防止に関する「最終提言」をまとめており,厚生労働大臣はそのすみやかな実行を約しています。「最終提言」では,「予防原則」に立脚した薬事行政の抜本的改革等を求めていますが,本件訴訟における国やアストラゼネカ社の主張は,こうした「最終提言」の趣旨に真っ向から反するものです。アストラゼネカ社と国が本件事件の責任を真摯に受け止め,本件を早期に全面的に解決しない限り,「最終提言」の求める薬害の再発防止を実現することはできません。
かつて薬害エイズ事件も薬害ヤコブ病事件も,裁判所の和解勧告の下で,判決を待たずに全面解決を果たしています。両事件は,2つの地方裁判所において同時に訴訟が進行しているという点で本件事件と共通性があり,本件事件もまた裁判所の指導力の下での早期全面解決が可能な基盤があるといえます。
国会においても,本件事件の重要性が受け止められ,各政党のヒヤリングが実施されています。政権党である民主党には「薬害イレッサ問題の解決をめざす民主党議員の会」が発足し,原告らがかかげる全面解決事項についての討議が行われるに至っています。薬害イレッサ問題の早期全面解決を求める個人署名も10万筆を大きく超えており,本件事件の解決を求める世論も日増しに高まっています。
裁判所において指導力を発揮されることにより,薬害イレッサ事件の全面解決を図る機は熟しているのです。