2002年7月5日、世界に先駆け、申請からわずか5ヶ月という異例のスピードで承認された肺がん治療薬イレッサは、承認から半年で180人、2年半で557人の間質性肺炎等による副作用死を出し、2010年3月末現在の副作用死亡数は810人である。わが国において、これほどの副作用死亡被害を出した薬害事件はない。
このように被害が発生・拡大したのは、承認前の動物実験、国内外の臨床試験及びEAP(拡大治験プログラム)による国内外の使用患者において、致死的な間質性肺炎の発症を示す情報が蓄積され、死亡者が出ていたにもかかわらず、アストラゼネカ社が、利潤追求のために安全性を軽視して、承認前から、学術情報の提供等を装って「副作用の少ない抗がん剤」という宣伝広告を行い、添付文書等における十分な警告などの安全性確保措置を怠ったこと、国も同様に、上記の宣伝広告を放置し、安全性確保措置を取らなかったことに原因がある。
イレッサは、市販後に第V相臨床試験で延命効果を証明することを条件として腫瘍の縮小反応のみに基づいて承認された。
重篤な疾患であるがんに苦しむ患者のニーズに応えるためであるとしても、有効性に未解明な部分が残る医薬品を市場に出す選択をする以上は、患者の生命を危険にさらすことのないよう、それに相応しい慎重さが求められてしかるべきであった。
しかし、上述のように、承認前からの宣伝広告がなされる一方で十分な警告がなされなかったのが実態だったのであり、更には、使用医師や医療機関の限定も、全例調査さえもなされなかったのである。
市販後においても、承認条件である第V相臨床試験(試験名V1532)で延命効果の証明に失敗し、国内外で実施された多くの第V相臨床試験でも日本人について延命効果を証明できたものはない。現在、米国では新規患者への投与が禁止され、EUでは、わが国に遅れること7年、昨年になってようやく承認されたが、EGFR遺伝子変異のない患者への投与は認められていない。日米欧の3極において、日本のように広い適応でイレッサを承認している国はないのである。
今、医療現場で、医師や患者が間質性肺炎に警戒してイレッサを使用しているとすれば、それは、多くの犠牲者が身を持ってイレッサの危険性を示したからであって、アストラゼネカ社や国が進んで責任を果たしたからではない。
正しい情報が提供されず、副作用が少ない抗がん剤と信じてイレッサを服用した患者が、筆舌に尽くしがたい苦しみを受け、多数亡くなっていったことからすれば、被害者・遺族に対して、企業と国が責任を認めて、謝罪し、賠償をするのは当然である。
薬害イレッサ事件で問われているのは、「がん患者の命の重さ」である。患者の知る権利や自己決定権を奪った薬害イレッサ事件の教訓は、がん患者の権利の確立とこれに基づくがん医療体制の整備にも生かされなければならない。
製薬企業が利潤を上げる一方で、がんというだけで、副作用で死亡しても全く副作用被害救済制度の適用を受けないという現在のあり方は、がん患者の権利保護、薬害防止の観点からも適切ではない。救済制度のあり方も見直されるべきである。
薬害イレッサ事件は、承認前の副作用情報の科学的分析とエビデンスに基づく審査、承認条件、広告規制と医療関係者や患者への情報提供を含む市販後安全対策のあり方についても多くの教訓を与えている。
本年4月、厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」は、薬害再発防止に関する「最終提言」をまとめ、厚生労働大臣はその実行を約した。しかし、国やアストラゼネカ社の本件訴訟における主張は、「予防原則」に立脚した薬事行政の抜本的改革等を求める同提言に真っ向から反するものである。
仮に、本件訴訟において被告らの責任が問われないこととなれば、制度改革は後戻りし、薬害防止はできない。
以上をふまえ,上記のとおり全面解決を要求する。
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