薬害イレッサ:意見陳述書

2010年8月25日
原告訴訟代理人
弁護士  阿部 哲二

平成16年(ワ)第25016号事件外 薬害イレッサ損害賠償請求事件
原告  近澤 昭雄 外
被告  国     外

東京地方裁判所民事第24部 御中

第1、薬害イレッサ事件の被害とは

1、薬害イレッサとはどういう事件なのか、何が問題なのかを理解するには、この事件の被害の状況をきちんと理解することが不可欠です。

2、2002年7月のイレッサ承認後、間質性肺炎・急性肺傷害による副作用死が続発しました。その数は、2010年3月末までに810人となっていますが、特にその被害は承認後に集中し  @ 2002年7月から12月までのわずか半年で180人
 A 2002年7月からの1年で294人
 B 2002年7月から2004年12月までの2年半で557人
 となっています。これほどの副作用死を集中して生じさせたのは、抗がん剤といえども「イレッサだけ」です。
 被告会社の親会社があるイギリスやEUでは昨年まで市販されていなかったのですから、これほどの被害はありません。アメリカでは新規患者への投与が禁止されていますから、これほどの死者は出ていません。イレッサは世界の多くの国で承認がされているとの弁論がこの後に被告から行われるかと思いますが、これほどの被害が生じたのは「日本だけ」なのです。

3、被告らは、イレッサの死亡リスクは他剤と同等あるいはそれ以下で、最近では年間30名程度の副作用死といいます。
 では、何故、2002年7月の承認後の1年間でその10倍の300人もの人が亡くならなければいけなかったのですか。
 このような異常事態を招いたのは、被告らであり、本件訴訟では、承認後の1年間で300人、2年半で550人を超える集中した被害を正面から見すえ、被告らの責任が問われなければいけないのです。

第2、抗がん剤

1、約6年に及ぶ裁判を進める中で、抗がん剤だから副作用は仕方がないなどという言葉を聞くこともありました。
 しかし、私達が問題にしているのは、食欲不振や脱毛・胃腸障害などの副作用ではなく、取り返しがつかない、許容することなど出来ない「死」という事実なのです。
 そして、この副作用死がイレッサだけ、日本だけに集中して起きてきた事実なのです。

2、また、がん患者は藁をもすがる思いで杭がん剤を選択しているので危険も覚悟しているのでは、という声もありました。
 しかし、8年前の2002年7月、がん患者の前に置かれたのは頼りない藁ではなく、副作用警告すら一行もなく、国の審査を5ケ月余で通過してしまうほどの夢のような新薬だったのです。
 死をも覚悟すべき薬などではなく、がん患者は藁をもすがるおもいでイレッサを選択したのではないのです。がん患者は企業と国に欺され裏切られたのであり、がん患者の知る権利が侵害され、自己決定権が奪われたのです。

3、被告国は、2002年当時の抗がん剤治療は頭打ちの状態、これを「プラトー」などという言葉を持ち出して表現し、イレッサの承認は仕方がなかったと主張するようです。
 しかし、プラトーだと1年で300人も亡くなっても仕方がないなどというのでしょうか。EUでイレッサが承認されなかったのはEUではプラトーではなく、日本だけがプラトーだったということなのでしょうか。プラトーなどという言葉によってイレッサ承認の誤りをごまかしてはいけません。

4、被告会社は、イレッサによって希望をつないだ肺がん患者の声があると話し、がん患者からこの薬を奪わないで、とこれから弁論すると思います。
 がん患者の方々がそのように思うのは当然かもしれません。
 私達は、現在、イレッサについてその承認を見直し、少なくともEU並にEGFR遺伝子に変異ある患者に適応を限定すべきであると要求しており、すべての患者からイレッサを取り上げるべきであるとはしていません。
 しかし、被告会社が問われているのは、イレッサを拙速に販売し半年で180人、1年で300人、2年半で550人以上もの生命を奪ったその責任です。
 がんに苦しむ患者の要求に応えるためであるとしても、イレッサのように延命効果さえ確認されていないものを抗がん剤として世の中に送り出すにあたっては、せめて患者の生命を逆に危険にさらすことのないように、それに相応しい慎重さが厳しく求められたということです。
 イレッサでは、警告もなく、使用できる医療機関の限定もなく、全例調査もなく、充分な手だてが取られることがないまま多くの被害を出したのです。この裁判では、その責任が問われているのです。

5、被告らが、プラトーだとか、法律に従って行なってきただとか、がん患者が望んでいるなどという、これから行なわれる弁論に対しては、
 @では、何故、抗がん剤のうちイレッサだけにそのように被害が集中して生じたのですか
 Aでは、何故アストラゼネカ社が自分の国で売ろうとしなかったイレッサにより日本だけでこれほどの被害が生じたのですか
 と問いかけてみて下さい。
 残念ながら、被告らから責任ある回答は聞けません。

6、このように、イレッサだけ、日本だけで生じた集中した被害は正に被告らが引き起こした被害、つまり薬害なのです。

第3、予防原則

 これまでの多くの薬害をふまえて、薬害肝炎事件の検討及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討会が2010年4月にまとめた最終提言では予防原則が次の通り明記されています。

「副作用等の分析・評価の際には、先入観を持たず、命の尊さを心に刻み、最新の科学的知見に立脚して評価にあたることが重要である。さらに、医学、薬学の進歩が知見の不確実性を伴うことから、患者が健康上の著しい不利益を被る危険性を予見した場合には、予防原則に立脚し、そのリスク発現に関する科学的仮説の検証を待つことなく、予想される最悪のケースを念頭において直ちに、医薬品行政組織として責任のある迅速な意思決定に基づく安全対策の立案、実施に努めることが必要である。特に、患者の健康上の不利益が非可逆と予想される場合には、ここで挙げた迅速な対応は、組織として確実におこなわれなければならない」

 先月7月29日の朝日新聞に水俣病を含む四大公害の大きな教訓は予防原則の重要性だとする記事が載っていました。公害の教訓、そしてこれまでの多くの薬害の教訓に学び、予防原則にのっとっていればイレッサによる薬害被害は防げたのです。

第4、裁判所へ

 薬害イレッサ事件は、このように薬害事件の教訓が守られていれば防ぎえた事件であり、これまでの薬害事件が疑集されたものです。

 さらに、承認前から繰り広げられた誇大な宣伝とけじめのない薬事行政が生み出した未来型の薬害でもあります。
 2度とこのような薬害をくり返さないためにも被告らの責任の明確化が不可欠です。
 そして、その責任の上に立って原告らの被害に対する被告らの償いがされるべきです。

 さらに、今後の抗がん剤による副作用死に対する補償制度の創設、がん患者の権利の確立、そして、薬害の再発防止に向けた取り組みをも果たすことが求められています。
 がんではなく、イレッサを服用したことで筆舌に尽くしがたい苦しみを受けながら亡くなっていった多くの人達の死を決して無駄にしてはいけません。

 薬害イレッサ訴訟は、がん患者の生命の重さを問う訴訟です。
 裁判所が、これに応えて薬害イレッサ事件の全面的解決につながる積極的な判断を示されることを期待して、弁論と致します。

以上


トップページ > 資料保管庫 > 薬害イレッサ 書庫