協同組合 医療と福祉
協同組合報 Vol.13, 2004年4月
事業所を訪ねる 12
(株)外苑企画商事 つくし薬局
取材が始まって約5分、患者さんが処方箋を持って入ってきた。薬局長の野沢優之さんは「すみません」と断って席を立ち、急ぎ足で渡薬口カウンターに行った。患者さんにていねいに説明している声が聞こえてくる。「すみませんでした」。野沢さんが戻ってきて取材再開。と、"リリリーン"。今度は電話が鳴った。「すみません」と断って、また野沢さんは席を立ち、電話器に走り寄った。
取材の申し込みをしたとき、野沢さんは、「ぼくは1人ですので、時々中座すると思いますが、それでもかまいませんか」と念を押した。その意味がよくわかった。つくし薬局は野沢さんがほとんど1人で切り盛りする薬局なのだ。
2002年4月、おおくぼ戸山診療所の開設と同時にオープン。診療所の処方箋が95%を占め、残りの5%は近くの大病院や開業医のものだそうだ。
「開局当初は処方箋枚数が1日5、6枚でしたが、最近は多いときで40〜50枚、少ないときで15〜20枚、1日平均25枚といったところです。忙しいときとそうでないときとの波があります。本当はもう1人欲しいときもありますが、2人体制というのは経営上、まだちょっと難しいです」と野沢さん。
たった1人というのは、調剤業務も事務業務も雑務も全部1人でやらなければいけないということだ。
「たしかに責任は感じますね。休日でも『あれはどうだったか』と、気になってしまうこともあります。それに、他の人の日がないということはある意味では危険と隣り合わせでもあるわけで、とくに『安全』には気を遣います。ぼくは『基本に忠実に、一つひとつをていねいに』を改めて自覚しながら仕事をしています。気を引き締めて、当たり前のことをきちんとやるということです」
野沢さんは「一度来た患者さんが次回来局すると思うな」という先輩の言葉を肝に銘じている。2回、3回と来てもらうためには、「『ここに来て良かった』と思ってもらえるように薬の知識だけでなく、ていねいな応対が大事だと思うんです」。あっ、この人は前にも来た − 顔を見るとわかるのが小規模薬局の良さだ。加えて野沢さんは、1回会った人は忘れにくいという記憶力の持ち主だ。できるだけ顔と名前と薬を覚えておき、「○○さん、前回は△△△の薬でしたね。お体の具合はいかがですか」と聞くこともある。患者さんからしてみれば覚えていてもらえたという嬉しさが親しみにつながり、いろいろな質問や話が飛び出してくることもある。気軽に話ができるというのも小規模薬局のメリットである。
「2回目、3回目と来てもらえるのは本当に嬉しいです。『来てくれてありがとう』という素直な気持ちが自然に出てきます」
経営的には2004年1月からようやく黒字が出るところまで来た。患者さんとの信頼を一つひとつ積み重ねてきた結果が表れ始めている。
野沢さんは、患者さんの家を訪問して服薬指導をする「薬剤訪問」にも力を注いでいる。正式には「居宅療養管理指導」という。木曜日の午後、たくみ外苑薬局から応援に来てもらって薬局をまかせ、薬剤訪問に出る。これで間に合わないときは、お昼休みや業務を終えた彼の時間を使って訪問することもある。
「今までの経験上、訪問すると、飲んでいない薬がいっぱい出てくることもあります。外来の患者さんの中にもそういう人はいると思います。いかに医師の指示された薬の必要性をわかってもらい、コンプライアンス(服薬がきちんとできていること)を向上させるかが重要だと思うのです」
介護保険が始まる前は「在宅患者訪問薬剤管理指導」といい、医療保険で認められていて自己負担はなかった。それが介護保険になるとほとんどの患者さんに1割の自己負担が発生したため、薬剤師の必要性を患者さんにそれほど認めてもらえないこともあり、薬剤訪問を断られることもあった。「切り捨てられた割合が他職種に比べて多いのではないか」と野沢さんは言う。「在宅患者さんに薬剤師が必要と思われるような薬剤管理をし続けていきたいと思います」服薬訪問の患者さんは現在10人、うち、ほとんどが一人暮らしか日中独居のお年寄りだ。野沢さんはときには話し相手になり、患者さんの気持ちを支えることも忘れない。
「ヘルパーのような役割をすることもありますが、薬剤師であることの本分を忘れないようにしつつ、ぼくを待っていてくれる患者さんには精一杯応えたいです」
また患者さんが処方箋を持って入ってきた。野沢さんは「すみません」と言って、すばやくカウンターに行った。戻ってきて、「これでも今日は暇なほうです。よかったです、こういう日で」と言った。