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第6回 薬剤問題検討会 基調報告
1995年10月27日
全日本民主医療機関連合会
薬剤問題検討委員会
1.検討会の目的と課題
薬物療法は、治療技術の中で大きな役割をもっている。しかし、医薬品が商品として販売されている現状から、医学・薬学の技術面だけでなく経済・倫理などの社会的問題を多く抱えている。この重要な薬の問題を薬剤師、医師だけにまかせっきりにせず、基本的認識では民医連の職員が共通して業務を進められる態勢を作ることをめざす。また、厚生省と製薬企業などに対する要求政策をまとめるにあたって、その内容を充実させるための場とする。
情勢の分析と行動提起はいままでの第1回から5回までの検討会で、現代の治療のなかでの医薬品のはたす役割の評価と、各院所・法人の薬事委員会を薬物療法の集団的検討と方針決定の場とするという点で、基本的視点は押さえられている。今回は、薬事委員会に求められる役割を、いかに実践につなげるかが課題となっている。
厚生省サイドから「医薬品使用の適正化」がさかんにいわれているが、国民にとって真に有益な薬物療法のあり方を明らかにできる体制を築いていきたい。
現在の基本的課題のなかで実践を迫られているものには、以下のものがある。
(1)科学的な薬物療法の基準づくり
今後強まってくるであろう恣意的な健康保険の行政指導に対抗するために、科学的な薬物療法の基準をもつ必要がある。
この基準を整備することで、日常診療のなかで拠点病院と診療所とをとわず民医連の院所を受診するすべての人に、等しく高い水準の医療サービスを提供することが可能となる。これにともなって、治療の基準となる院所の採用薬剤を共通化することも重要な課題となる。
臨床医の個人的研究や民医連内の研究会で検討した成果を、薬事委員会に反映させることが大切である。たとえば、民医連の高血圧追跡調査会で提起された、カルシウム拮抗剤服用者に脳心事故が多いという指摘をどう活かすかは重要である。1992年10月のJNCV(高血圧症検査評価および治療のための合同国家委員会 第5次報告)では第一段階の治療剤として利尿剤とβ遮断剤とを優先する結論した。また、1995年 3月アメリカ心臓協会でのワシントン大学の発表で、カルシウム拮抗剤は心臓発作の発生率が利尿剤やβ遮断剤よりも6割高いとしている。繁用される薬剤だけに検討を急ぎたい。
また、評価が望まれるものとして、喘息治療薬(ステロイド吸入剤、抗アレルギー薬)、高脂血症の治療薬と長期予後、NSAIDSの安全で有効な使い方、抗生物質の使用法と日和見感染・MRSA、長時間持続型製剤と安全性、抗癌剤の評価、ビタミン剤の使用基準など、共同して検討したい課題は多い。
(2)薬物評価の共同化
商業主義に染まった新薬開発の実態を見ぬいて、良い薬を安く利用することが必要である。そのためには、必要な薬品を厳選して購入交渉を進めることが必要になる。
現状は、院所間で同じ薬剤の評価作業を繰り返している。民医連全体で評価作業の共同化が求められている。
また、保険薬局の独立にともなって扱う医薬品が広がるので、大衆薬や特定機能性食品などの集団的な評価も課題となっている。いままでの文献調査や治験にプラスして消費者テストの実施も必要となっている。
(3)患者と共に行なう治療
薬剤師の服薬指導では、医師と違ってなにを行なうべきなのか、薬事委員会で再度意義の確認をしていくべきである。保険薬局での活動を医療機関にフィードバックすることが重要になっている。
(4)医薬品購入の経済性を改善する
高すぎる薬品価格を適正な価格まで引き下げさせる。医薬品をメーカーの言いなりの価格で買うことは、医療保険の財源を製薬独占に食い荒されることである。共同の力で購入価格を引き下げ、国民の財産を独占企業から守ることが求められている。
(5)情報の共有化
薬害防止と治療水準の向上には、厚生省の製造承認審査にかかわる情報や製薬企業での治験情報を公開させていくが重要である。
情報の提供にあたっては、利用しやすく水準の高い情報を集積した、開かれたデータベースの構築が求められている。医薬品情報データベースは、公的責任で作成されるべきであるが、同時に国民の立場での自主的な情報機能をつくっていくことは特別の重要性がある。
(6)民主的集団医療の整備
専門職間のコミュニケーション技術の確立は変わらぬ課題である。病院・診療所をはじめ保険薬局・訪問看護ステーションなど新しい施設が増え、民医連の施設が多種類になることに薬事委員会も対応する必要がでている。
院外処方せんの発行にともない、医療機関の中だけでなく、処方せんを応需するまわりの民医連に加盟していない一般の薬局群をまきこんだ、地域に広がるチーム医療を模索する必要がでている。
薬剤師の活躍の場所が広がったことにともない、多くの幹部が必要となっているとともに、薬のことがわかる事務系幹部や、薬事委員会における医師の指導性の発揮が求められている。
2.現代の医療と薬剤活動
急速に進行する高齢化社会への対応、労働強化や環境の悪化による健康不安の増大という現代社会の課題について、日本の医療と福祉は改革が求められている。また、人間らしい医療サービスを受けたいという国民の要求はかつてなく高まっている。これに対して、厚生省は必用な財源確保をせずに、医療の営利化・効率化をともなう再編成でもって応えようとしている。
医薬品産業の国際的競争激化の中で、日本の大手製薬企業は厚生省の薬務局の指導のもとに、新薬開発を急いでいる。世界に例のない大きな薬害事件の発生という不幸な歴史に学ぶことなく、製薬企業の厳しい企業間競争と利潤追求の姿勢、国の製造承認審査体制の不備は、いまだに改善されていない。
ここでは、薬剤関連分野の情勢の重要点を示し、それに対する民医連の全国的な薬剤活動課題を提起する。
(1)経済の国際化と新薬の開発競争
日米欧三極体制をにらんだ日本経済の急速な国際化と市場開放は、日本の製薬企業を本格的な国際競争に巻き込んでいる。日本の製薬企業の上位数社も80年代になって直接の海外進出を具体化した。また、近年では急激な円高への対応が迫られている。一方、巨大な多国籍製薬企業が世界第2位の市場規模をもつ日本での市場確保を競って、日本企業との提携を解消して自販体制をとるようになっている。
また、1995年になってのグラクソ社によるウエルカム社への買収は、トップの売上高でメルクを上回る80億ポンド(約1兆3000億円)規模の巨大製薬企業を生むように、多国籍企業間のM&Aはそのスケールがましている。
このため厚生省も、いままでの医療保険制度を活用した企業保護政策だけでなく、上位企業に新薬開発力をつけさせる産業育成策へと変化してきた。
(2)新薬の開発競争
1982年のタガメットに続く H2拮抗剤の発売で、消化管潰瘍の治療法が一変したように、効果的な新薬の導入が医療技術の革新に大きな役割を果たす時代になってきた。最近では、メバロチン発売により高脂血症の治療スタイルが大きく変ってきている。
厚生省は、このような日本企業による「ピカ新薬」を「ゾロ新薬」と区別し保険薬価上で優遇をはかっている。この結果、ウイルス性肝炎の治療へのインターフェロンの導入では、医療保険財政に一過性の加重負担をかけることになった。また、メバロチンなどの自社開発の新薬が貢献して、三共は1993年度には利益額でトップとなり、売上1位ではあるが有力な新薬をもたない武田を抜く形となった。
メーカー間の競争によって激化した新薬開発競争は、1985年の日米MOSS協議後、製造承認審査の迅速化によって、年4回の保険薬価収載と毎月のように行なわれる新薬発売へとつながった。しかし、GCPの実施など製造承認資料の整備を求める動きもあって、90年代に入ってからは新薬の製造承認数はおさまってきている。
厚生省はオーファンドラッグ開発の支援をはじめとして、新薬開発への指導を前面にした企業育成の政策を進めている。
不透明であった医薬品の流通制度の近代化にも、市場開放要求という外圧を利用した変化がおきている。1992年に新仕切価格制度が実施された。この制度は医薬品業界の「流通改善」をたてまえにしつつ、メーカーの医薬品価格の高値安定による利益増と医療機関の犠牲および卸の競争激化を生みだすものである。
(3)科学的で安全な薬物療法のために
日本で開発された薬には、安全性評価が十分でないのに発売されるものがいまだに多い。発売後すぐに安全性問題で販売中止・製品回収になった薬剤は、カタゲン(1985)・マオン(1989)・ダイタック(1989)・ジレバロン(1990)・ソリブジン(1993)とある。また、治験データ捏造が問題となったアーキンZ(1991)などもあり、製造承認の審査にあたって臨床治験や海外での使用例の中での安全性データが本当に評価されているのか、厚生省の責任が問われる。
また、製品回収などの事態にはいたらなくても副作用の事例でマスコミをにぎわすようなことがあったものは、身近な薬で汎用されていたものを取ってもケフラール・ガスター・ホパンテン酸カルシウム・ハルシオン・MMRワクチン・チエナムなどある。
クレスチン・ピシバニールの適応制限、ホパンテン酸カルシウムの事実上の無効宣言、最近問題となっている内服のフルオロウラシル系薬剤など、日本でしか発売されず販売金額が大きな薬物の薬効の見直しは、製造承認の時点での審査の科学性と製薬企業の販売姿勢の正当性を疑わせるものである。科学的に評価できる薬効をこえる適応を作り、さらに強力な宣伝・販売によって使用量を増やしていったことで薬害を引き起こしたスモンの教訓を、日本の製薬企業は未だに学んでいないといえる。
薬害スモン追及の国民運動によって薬事法改正が行なわれた1979年以降にも、大規模な薬害が続いていることは残念である。日本の血友病患者の半数以上にHIVや肝炎ウイルスを感染させた輸入血液製剤の問題での国と厚生省の姿勢は厳重に批判されるものであり、HIV訴訟の支援を強めたい。
「医薬品の臨床試験に関する基準」(Good Clinical Practice,GCP)の策定と実施(1990)や、副作用モニター活動の強化に代表される「医薬品の市販後監視」(Post Marketing Surbeillance,PMS)の強化など、厚生省による新薬の科学的評価と使用のコントロールは、国民の批判を受けて近年充実してきている。
しかし、発売後間がない医薬品の有効性・安全性の評価は、第一線の医療機関側にかなりの部分がゆだねられる状況は変っていないし、製造承認の迅速化でむしろ厳しさを増している。特に製薬企業の新薬宣伝攻勢に抗し、大学教育で不足している臨床薬理・薬物療法のバランスのとれた教育を、研修医に対して医師と薬剤師が協調して行なうことも緊急の課題である。
消費者保護のため、日本でもようやく製造物責任(PL)法が1995年7月から施行された。しかし、製薬企業は「指示・警告上の欠陥」を逃れるための添付文書改訂に終始し、被害を出さない安全な製品の供給と、安全性情報の具体的公開については対応する姿勢がみられない。私たちは、開発中の情報を開示するように国民の側の代理人として要求をしていく必要がある。
(4)医療費におよぼす新薬の影響
1993年の国民医療費が24兆3631億円に対して、医薬品生産額は5兆6951億円になる。臨調行革に始まる医療費抑制策、特に薬価引き下げの影響を受けて、1980年代中ごろまでは医薬品生産額の伸びは低く抑えられてきたが、1980年代後半からは順調な伸びを示してきた。1990年も 9.2%の保険薬価引き下げがあったにもかかわらず、 5兆5,300億円(薬価基準換算)の市場規模となり、前年比で 3.5%の伸びを示している。この伸びは活発な新薬の発売により支えられている。たとえばメバロチンは、発売後1年余りで年商 420億円、市場金額ランキング16位の大型商品になり、1991年以降は1位を続け、1993年には1,207億円(うち輸出は203)を売り上げるにいたっている。
新仕切価格制度への移行と保険薬価の引き下げもあって、1992年には7年ぶりにマイナス成長となったが、大型新薬の上市でふたたび1993年には5%の伸びとなっている。しかし、インターフェロン効果がおさまったあと1994年は保険薬価引き下げの影響を避けられずに横ばいである。
薬効群別に見た1993年の生産金額は、1)循環器官用薬 8,849億円(対前年比4.9%増)、2)中枢神経系用薬 5,511億円(+2.3%)、3)その他の代謝性医薬品 5,218億円(+2.7%)、4)消化器官用薬 5,034億円(-0.5%)、5)抗生物質製剤 4,440億円(+0.7%)となっている。循環器用薬の中では、血圧降下剤が22.2%、血管拡張剤が21.7%、高脂血症用剤が19.5%といった内訳になっている。
最近の10年間に発売された医薬品が、1993年の保険局の調査では薬価ベースで55.5%と全体の過半数を占める状態であり、1980年代後半からの調査において増加傾向にある。
このため2年に1回の保険薬価改定で1980〜1992年の12年間に累計で56.3%も引き下げられたにもかかわらず、社会医療調査の薬剤費率で見ると1980年の38.2%からは下がっても1993年で29.5%と30%前後を保っている。
このように新薬の導入は医療効果とともに、保険医療にかかわる医療経済面で大きな影響を与えつつある。一方、金額ベースで処方の3割がジェネリックのドイツは、1985年〜93年までの9年間の新薬で10.4%と日本と比較して大きな差があり、日本の厚生省は医療費削減の対象として注目している。
1994年9月に大阪保険医協会の「薬価の国際比較」調査が発表された。その後各団体の、調査や意見がだされたが、日本では古い薬剤は安いが新薬は高い傾向にあることがしめされた。高脂血症用薬のプラバスタチン(メバロチン)は日本で開発されたにもかかわらず、フランスの3.2倍、イギリスの2.4倍であり、シンバスタチンはイギリスの 4.5倍、フランスの 6.6倍となっていた。インターフェロンα-2bがフランスの 4.2倍、ソマトロピンはイギリスの 4.6倍、フランスの 4.1倍であった。また古い薬のなかでも、抗アレルギー剤のテルフェナジンはイギリスの11倍、フランスの 4.8倍、ケトチフェンがイギリスの 5.8倍、フランスの 6.4倍と差が大きなものもあった。
中医協(中央社会保険医療協議会)や医療保険審議会の場でも、日本の高薬価、製薬企業の高利潤が、医療保険財政を蝕んでいることが問題とされるようになっている。ここでは、かねてからいわれていた大衆薬類似薬品の保険はずしなどに続いて、ドイツの参照価格制度、フランスの薬剤費の部分償還制度などを取り入れる動きや、一定期間の後には一般名収載に移行する案なども登場してきた。また、老人医療で導入された包括制の拡大も1996年度の改定時に進められそうである。
(5)医療経営の困難さと製薬業界の高収益
1980年代から引き続く世界に例のない医療費抑制政策の結果、診療報酬の伸びが物価や人件費の伸びを下回る状態が続き、医療機関の経営は厳しさが続いている。1980〜1993年の13年間に人件費は43.2%(これのみ1992年まで)、消費者物価は30.2%上昇したにもかかわらず、診療報酬は薬価基準などの引き下げを相殺すると、わずか4.7%しか引き上げられていない。最近の4年間に151件の病院が倒産し、負債総額は1,546億円に達している。また、毎年100近くの病院が減っている。
医療費を抑制してきた結果、日本の国民医療費のGNPに対する割合は、1980年度の4.9%から1990年度の4.7%へと低下している。もともと医療費水準が低かった上に、先進諸国24ヵ国のなかで1980年代にこの割合を低下させたのは、わずか2ヵ国というように厚生省の苛酷な医療費政策が実行されてきた。
一方、製薬企業の経常利益は1994年度で、武田薬品930億円(前年比25.5%増)利益率13.7%、三共887億円( 1.7%増)利益率20.8%、小野薬品510億円(15.4%増)41.2%、藤沢薬品509億円(46.8%増)15.3%と上位50社で8,919億円と前年比4.7%の増益となり、不況で苦しむ製造業のなかで、製薬企業だけが2桁台の利益率を保っている。
医薬品卸は競争の激化で前年より利益を7.7%減らしているが、利益額は上位50社で1,141億円と大きな利益を上げている。
このように医療保険に寄生して高収益をあげる、製薬企業のあり方を見直すことは緊急の課題になっている。
(6)患者志向の薬剤活動の進展
感染症・急性疾患中心から、成人病・生活習慣病の時代へと疾病構造が変化する中で、薬物療法の面でも、医師におまかせの治療でなく患者が主体的に治療に加わる方向で、インフォームドコンセントが一般の医療機関でも注目され始めた。
医療機関の外では、「医者からもらった薬が分かる本」の類書が毎年数十万部も売れるベストセラーになり、1994年には「抗がん剤の副作用がわかる本」が発行されるなど変化は急速である。このように、患者の関心が自分の受けている治療内容を知ることへ向かっており、それにこたえる医療の専門家もあらわれている。病院薬剤師の中でも服薬指導の活動が活発化され、その成果が各地で発表されるようになっている。健康保険の点数でも服薬指導関連のものが新設されている。
薬物療法でも患者集団に対する画一的な治療から、患者一人一人の病態に合わせた治療が目標とされるようになってきた。そのため、薬剤師による「治療薬物モニタリング」(TDM)をともなった臨床薬剤活動がルーチンの業務として1980年代に普及している。
患者がかかえる問題を総合的に評価するために、チーム医療の重要性が1970年代以来ずっと指摘されてきたが、職員間のコミュニケーションの取りやすい小病院以外では日本では定着していない。ここにきて、入院患者に対するいわゆる「 600点業務」の関係もあって、大病院でもチーム医療の普及の兆しが出てきつつある。以前から先進的な活動を行なってきた民医連の院所では、その到達点の評価と理論化が求められる時期にきている。
(7)急展開する医薬分業と診療報酬・保険薬価の見直し
医療供給体制の機能別組み替え策のなかで「医薬分業」の推進が急展開し、1974年の処方せん料大幅アップ以来最大の変革が医療保険の財政誘導をもって進められている。1994年の処方せん発行率は平均18%(年度末には20%)に達し、10年来の1割分業から離陸しつつある。前年に比較しての伸びは、社保分でみて処方せん枚数では15%、調剤金額では20%と大きい。薬剤師による投薬チェックにより薬剤費抑制策として長期的には効果を上げることを期待して、今までの薬務局単独の活動から広がって、保険局・健康政策局をまきこんだ厚生省あげての動きになっていることに特徴がある。
厚生省と日本薬剤師会は1993年に保険薬局業務運営ガイドラインを策定して、行政指導で、一般薬局の業務水準の引き上げと門前薬局への規制を行なってきた。さらに、1994年の春には療養担当規則を変更するなどして、第2薬局・門前薬局規制への法的対応をはかる方向へ進みつつある。
保険医療の財源問題で診療報酬体系の見直しが中医協で論議されている。その中の保険薬価算定方式の問題では、償還払い制度導入などの基本問題から、一般名収載方式、新薬の販売・使用に関わる制限、類似薬効方式と原価計算方式の検討など、「適正使用」をからめた財源問題を中心に検討がされている。今まで、保険診療の低い技術料を補って医療機関の経営を補償するとともに、2年に一回の診療報酬改定の原資として温存されてきた薬価差益についても大きな変化が起ころうとしている。
3.民医連の薬剤活動の特徴と歴史
私たちの基本的立場は、民医連綱領にもとづいて行なう、患者に対して親切で良い医療と薬剤活動の実践者であるということである。具体的には、高い技術水準による安全で有効な薬物療法の実践である。また技術面だけでなく社会的視点からの薬物療法観をもって、資本主義社会での医薬品のもつ商品としての限界性に注意し、医薬品の使用にあたって有効性と安全性に加えて経済性をも合わせて評価を加えていることも特徴としている。
民医連らしい薬剤活動の例としては、服薬指導マニュアルの作成・基盤となる組織や患者会での講義などの「患者志向の薬剤活動」、副作用モニタリング・薬歴活動・DI活動などの「医薬品を安全で有効に使うための技術活動」、薬事委員会・病棟活動・疾患別グループ活動などの「民主的集団医療」、全国的な交流・研修、県連・ブロックレベルでの交流などが上げられる。
ここでは全国レベルの活動について紹介する。
(1)初期の活動
1950年代中ごろ、日本薬学会や全日本民医連総会の機会に薬剤師が集って交流が始まっている。東京では「薬学を愛するものの会」に集った薬剤師の中から、民医連薬剤師の会が定期的にもたれるようになるなど、民医連に働く薬剤師が増えるにつれて県連内の交流活動が各地で行なわれるようになった。
1960年代になると論文の発表などの記録がみられるようになり、民医連薬剤師名簿作成など組織的動きが作られている。また、「資本主義社会における医薬品は、治療、予防など医療にとって不可欠の効用のある物質であると同時に、資本にとっては利潤追求の道具としての商品であるという二つの側面をもったもの」として、薬の二面性を分析している。
1965年1月に第1回全日本民医連薬剤問題検討会が箱根湯河原で開催され、20県連から 102名の薬剤師が参加した。ここでは医薬品の見方を明らかにし、1)新薬の本質を、真の新薬・改良の新薬・みせかけの改良新薬・まぜ合わせの新薬の4つに分類すること、2)共同化の三本柱、情報センター・共同製剤・共同購入の必要性、3)薬剤問題解決のためには薬剤担当者のみでなく県連、院所全体の課題として薬事委員会組織化の必要性が意思統一されている。この方針をうけて京都では京都医療事業協同組合が共同事業体として発足している。
1968年12月、第2回全日本民医連薬剤問題検討会が箱根で開催され、23県連から105名の参加があり、薬事委員会の重要性と副作用追跡を中心とした臨床薬剤師の活動について話し合われている。
1972年、薬事通信員制度がつくられた。
1974年 1月、第3回全日本民医連薬剤問題検討会が東京で開催され、1)薬価差益依存スタイルから院所経営が脱却する方向性の追究、2)臨床薬学のチーム医療のなかでの具体化などが論議された。
1977年、民医連副作用モニター制度が発足した。「患者に二度と同じ副作用を起こさない」をスローガンに、独自の副作用情報の収集を開始した。
1979年 7月、第4回全日本民医連薬剤問題検討会が箱根で開催され、30県連から71名が参加した。「薬づけ医療」の問題について検討を加えている。
(2)薬剤問題検討委員会ができてからの活動
薬剤問題検討委員会は、旧薬事小委員会の任務を継承して民医連の薬剤問題全般を検討し政策化するために、1984年から全日本民医連医療活動部のもとで、医師・薬剤師・事務の三職種によって構成されて活動している。
この間取り上げてきた課題については、薬剤問題検討会と薬剤師交流集会を通じて全国の医療活動に反映するようにつとめてきた。また、副作用モニター制度の運用と、あり方の検討を行なってきた。さらに、職種別の活動を指導することを直接の任務としていないが、薬剤師交流集会の開催を通して薬剤師集団の活動へ影響を与えてきた。
薬物療法と民主的集団医療の発展を指導する面では、薬事委員会の活動が薬剤分野でのチーム医療推進のかなめとなっていると位置づけて、院所の優れた実践活動を民医連医療誌上で紹介したり、各院所の薬事委員会の活性化をはかるようにつとめた。
院所で採用する新薬の評価に向けて、共通した指標作りと各院所での評価結果の交流を準備してきた。
医療経済と薬をめぐる経済問題、特に薬価をめぐって情勢分析を続けてきた。また、院所収入対薬剤費比率の考え方、保険薬価改定への対応、購入価格の問題についても整理を試みて薬剤問題検討会で発表した。現在、薬事情勢のまとめと政策作りを進めている。
その他、民医連加盟の保険薬局の活動の指針作りに取り組んできたが、この活動は現在、独立した保険薬局委員会に引き継がれている。
また、民医連の現場薬剤師が誇りをもって働き活躍している様子を薬学生に紹介して行くことは、後継者対策上需要になっており、そのための対策も今後検討が必要となっている。
このように、薬剤活動に理論と実践の指針を示す活動を担ってきているが、近年では医療経営の厳しさを反映して、医薬品の共同購入の面での実践活動に力を入れてきている。
1987年の第5回薬剤問題検討会では「薬物治療における民主的集団医療体制のあり方」をメインテーマに、薬事委員会・薬価問題・民医連薬局の果たすべき役割・医療材料問題の4つの課題について総合的に検討した。
そこでは薬事委員会の場合を例に示すと、「薬事委員会が『新薬採用を中心とした従来の役割に合わせて院内での薬剤活動の民主的集団医療の』センターとして、具体的薬物療法の改善に役割をはたす」ことが必要として次の四つの基本課題をあげ、各院所での実践を求めている。それは、1)新薬採用についての追跡調査と症例検討。2)副作用症例の定期的検討と患者救済。3)薬事情勢についての討議を重視すること。4)臨床薬学活動や薬局が行う諸活動についての集団的合意を計ること。
4.薬物療法を真に改善するために
1993年2月にだされた「21世紀の医薬品のあり方に関する懇談会」最終報告では、「医薬品の適正使用とは、まず、的確な診断に基づき患者の症状にかなった最適の薬剤、剤形、適切な用法・用量が決定され、これに基づき調剤されること、次いで患者に薬剤についての説明が十分理解され、正確に使用された後、その効果や副作用が評価され、処方にフィードバックされるという一連のサイクルである。」としている。
具体的方策としては、1)医薬品情報の収集及び提供システムの充実、2)医療現場における医薬品適正使用の推進、3)医薬分業の推進(かかりつけ薬局の育成)、4)不適正な医薬品使用を助長する経済的インセンティブの排除、5)医薬関係者の教育、研修の充実と研究の推進、の5点をあげている。
医療現場の課題としては、「チーム医療の推進、患者への十分な説明、患者の薬歴管理の充実、『薬剤評価委員会』の設置などによる薬剤使用の適切な評価方法の導入、MRSA等による院内感染防止をも念頭においた抗生物質製剤の適切な使用方法の徹底等」をしめしている。
医療現場の課題としてあげられていることは、私たちが以前から薬事委員会の課題としてめざしていたことである。しかし、この報告書で全体を貫く問題は国と製薬企業の責任についてである。医療機関の責任のみを一方的に指摘し、医薬品情報の収集・提供にあたっての製造元の企業と製造承認審査にあたる厚生省の責任を明確にせず、システムだけを論じている。
さらに経済的インセンティブをつくりだした責任があるのは、実売価がさがっても本当の市場価格にみあった保険薬価を設定してこなかった厚生省薬務局にあり、十分な技術料評価をせずに診療報酬制度の改善をおこたってきた保険局である。また、新薬に非常な高薬価をつけて利益誘導したのも薬務局の責任である。あたかも、医療機関が利益優先で不法なことをしているかのような指摘は問題解決の道をはずれたものである。
公的医療保障を後退させ、薬品費の削減の目的で「医薬品使用の適正化」の言葉が使われている。私たちにとっては、不適正な使用を引き起こす主要な原因は利潤追及優先の製薬企業と、不十分な行政の対応にあると考える。過去の薬効再評価の例をみても、医療費のムダ遣いのもっとも大きな責任は、いい加減な審査によって世界的にみても薬効があいまいなものを医薬品として認可した厚生省にある。
私たちは、日本の薬物療法を良くするためには、1)製造承認審査に十分な人員を国の責任で確保すること、2)製造承認と再審査、再評価の資料公開、3)臨床に役立つ医薬品と治療情報の公的費用による整備、4)保険薬価の抜本的引き下げと診療報酬での十分な技術評価、5)銘柄別薬価収載の廃止と一般名処方の推進を要求していく。
5.薬事委員会の意義を再確認しよう
この間の薬剤問題検討会の提起をうけての実践活動によって、院所薬事委員会が病院にあるのが当然となっている。薬事委員会の活動が日常業務へと定着している点は評価できるが、情勢から見て整備が急がれる課題もいくつかある。
院外処方せんの発行にともなって自由に処方薬をだしたいという声がでてくるなど、私たちが院所で採用薬剤を厳選する意義があいまいになりかかっている。また病院内では決定が徹底していても、薬剤師のいない診療所群への指導は法人薬事委員会の事務局機能の能力にまかされている。
薬事委員会の存在意義を討論した上で、組織内での位置付けを今一度見直ししてもらいたい。現時点での整備の主要な課題は、薬剤と薬物療法の評価能力のアップと組織力の強化である。薬事委員会に関する到達点と課題を整理しておくので、各院所の薬事委員会の現状と比較して改善を期待したい。
(1)薬物療法基準の整備
私たちの院所では、製薬企業の販売攻勢の影響を排除して、有効で安全な薬剤を選定して使用している。その基本を守るのは薬事委員会である。採用薬をしぼるだけでなく、一定の水準の治療が進められるように薬物治療基準が、薬事委員会の集団討議のなかで、法人や院所ごとに整備されてきた。
しかし、採用後の追跡調査や使用基準の整備といった基準をつくっていく活動は、日常業務の忙しさのなかで遅れがちである。
(2)患者の安全を守る活動
広範囲抗生物質の多用によるMRSAなどの蔓延に対して、民医連の院所では適切な薬剤の選択で改善を進めることができた。この薬剤評価と消毒法の改善にあたっても薬事委員会のはたした役割は大きい。
臨床治験が十分でない状態で発売される新薬が多いなかで、民医連の法人では新薬の採用にあたっては、市販後の情報がそろうまで繁用することを控えている。新薬の採用後も、薬事委員会で薬事情勢の学習に努めながら、その薬剤にかかわる薬物療法技術の評価を続けている。
(3)患者の人権を守る活動
薬害防止、軽微なものであっても同じ副作用を同じ人に二度とおこさないようにする活動が、副作用モニター活動として院所内では薬事委員会のもとで続けられてきた。
日本の臨床試験では研究と日常診療業務の区別が弱く、不正確な治験データがつくられるとともに、患者の人権も無視されがちであり、この面での私たちの活動はより重要である。
(4)院所の経営を守る活動
この間の経営面での厳しさから、経費管理の一環として新薬の採用チェック機能が整備されたている。また、銘柄変更を集団的に検討する場所として、薬事委員会は技術と経営のバランスを取るチェック機能をはたしてきた。
保険医療での返戻・減点の審査に対抗する活動を薬事委員会がになってきた。不当な審査には院所単位で対応するだけでなく、県連や全日本レベルといったより大きな組織で対応することも課題となっている。
(5)採用薬剤限定の意義
薬事委員会が採用薬品を限定するのは、民医連の施設として患者に責任がもてる薬剤を決定することである。医師と薬剤師との共同作業として検討して決定することが重要である。
(6)民主的集団医療の業務組織としての役割
忙しい医師に負担をかけず、必要な場面で論議に参加してもらうのに、薬事委員会の組織を機能的に整備する必要がある。その要は、事務局機能である。事務局メンバーが文献調べの実務に埋没するのでなく、委員会にかける前に申請者の意図を取材したうえで、事前に薬剤部門の調査データをしめして、委員会に提案する内容を充実することが重要となっている。
今回の検討会の後、各院所で以下の項目を具体化して実践にうつしてほしい。
- 1) 薬事委員会の検討事項の整備
- 新薬の採否の検討にプラスして、採用後一定期間たったものについての再評価、薬品・薬効群別の使用基準の作成。
- 2) 新薬評価情報の蓄積と交流
- 県連や、共同事業組織の情報活動機能を利用したデータベースの作成と保守。そのなかへの個別薬剤の評価内容と採否の情報、使用基準の蓄積と交流を実現する。
- 3) 評価担当者の養成と県連・ブロック内での交流
- 専門的力量をもった評価担当者を養成する。そのための自主的研究会の組織や、県連部会での検討、業務保障の実現につとめる。
- 4) 事務局機能の強化
- 忙しい医師の意見をまとめ、決定事項を関係者に伝達する上で、薬事委員会の事務局の役割は重要である。
以上のような課題を実現し、その成果を日常の診療業務に反映するとともに、日本の医療の革新に貢献していきたい。
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